令和2年3月は、惜しくも20冊には届きませんでしたが、久しぶりに19冊読めました。うち小説が7、それ以外が12冊という結果になりました。
この時期、いつもなら本屋大賞候補作を漁っているのですが、今年は一冊だけ。
その一冊、青柳さんの“むかしむかしあるところに死体がありました”ですが、直前に三浦さんの“むかしのはなし”を読んでいたので、どちらも同趣旨かなと勝手に想像していたところ、それをすべて裏切られる素晴らしい作品でした。いずれも絶品でした。
あとは、お気に入りの作家朝井まかてさんの“落花狼藉”も良かったです。彼女の時代小説は、魅力的な女性が主人公になっていて、今作でも、江戸時代の吉原が舞台なのに、花魁ではなく経営者の妻を主人公に持ってくるなんて、なかなか考えつかないと思いませんか、それだけでも価値ありと思います。
その他の分野では、今月も目白押しで、どれもがお薦めでしたが、その中での特にお薦めとなると、新書では“日本軍兵士”と“空気を読んでも従わない”の2冊が秀逸でした。
まず、“日本軍兵士”は、昨年の新書大賞に輝いた本で、非常に読みやすく丁寧に書かれています。また、単なる憶測や噂話ででっち上げた物ではなく、様々な記録をしっかり集めて分析したもので、説得力のある作品になっています。大賞受賞も納得の大作で、未だ読まれていない方には是非ともお薦めいたします。
次の“空気を読んでも従わない”は、中高生向けに書かれた“生き方読本”で、生きづらい世の中への道しるべとなるような本になっています。もちろん、これですべてが解決するわけではないけれど、もし悩んでいる方がいらっしゃったら、是非とも手にとってください。
新書以外では、“お笑い日本語革命”と“慶安の触書は出されたか”をお薦めしたいと思います。
まず前者ですが、作者は、探偵ナイトスクープの制作者だったと思うのですが、全国アホバカ分布調査の放送で高い評価を受けられ、言語学の研究者として認知される迄になっておられます。今作は東西のお笑い芸人が使い始めた言葉が、全国的に広まり、市民権を得ていった様子をいろんな人の証言を基にして分析しています。多くを人の証言に頼っているため、客観性や信憑性という点で若干疑問符はつきますが、とても面白い読み物になっています。
後者は、歴史解説書と言うより、国家が記録を改ざんすることによって、無かったことを有ったことのように装った経過を、数少ない傍証から推理しています。ご存じのように、“無いこと”の証明はできないことから“悪魔の証明”と言われていまして、この有名な法令が、本当になかった物なのかどうかは、明らかになっておらず、存在が怪しいため教科書から姿を消しています。その経緯をよく知らなかったので、この本でよく分かりました。薄い冊子なので、もしご興味がおありでしたら、お手に取ってみてください。
先月になって急激に広がりを見せた新型コロナウィルスの影響で、外出を控え自宅で過ごすことが多くなり、特に月末の週末は読書三昧の週末でした。
今こそ、“#書を抱き家にこもろう”というつぶやきが多数交わされているようで、本を買い求める方が増えてきているそうです。私自身は、それによって読書量が極端に増えるわけではないのですが、SNS上では、そういった話題にあふれています。
一日も早くこの騒ぎが沈静化し、落ち着いた環境で、散歩や読書を楽しみたいところです。
001/031
「べらぼうくん」万城目学
万城目さんが、少年時代から作家として世に出るまでの間をふりかえったエッセイ集です。なんとなく過ごした受験生、浪人時代。大学では、宇治原さんも同期だったとか。大学を出て、企業に勤めながら文章を書いていた頃。作家になるため、会社を辞めて当故郷に住み始めた頃。無職で何年も文章を書き続けていた頃。いろんな時代があって、彼の独特の世界観ができているんでしょうね。ご本人曰く、複数の仕事を同時並行でできない性格らしいので、作品数は非常に少ないのですが、どれを読んでも面白く、次作が待たれます。(3/5)
002/032
「歩道橋シネマ」恩田陸
非常に短いショートショートと言っても良いような掌編を集めた作品集です。不思議な世界や出来事を描いてみたり、当たり前に目に見える物を別の視点から描いてみたり、独特の作風が魅力的です。ただ、あまりに短くて物足りないのも事実。本当はこれらをモティーフにして長めの作品にしてほしいなと思ってしまいました。(3/7)
003/033
「落花狼藉」朝井まかて
彼女も好きな作家です。時代は徳川家康が世を去った直後。吉原という街が作られた背景などを、中心人物の妻の目を通して描いています。幕閣との丁々発止のやりとりを、当事者でなく第三者の目を通して描かせるというのはなかなか良いと思います。また、そこで働く女性達のはかない姿も細かく描かれていて、読みながらその世界に吸い込まれていくようです。この日は、ゴモ散歩のお供に1冊だけ連れて行ったのですが、道行きの車中で読みふけってしまいました。面白かったです。(3/7)
004/034
「最高裁に告ぐ」岡口基一
東京高等裁判所の裁判官が発信したツイッターの内容を根拠に“戒告”処分を受けた事件について、当事者である裁判官によって著した物。法律家の書いた本というのは、とにかく回りくどいというのが定番ですが、この本は分かりやすく書こうと注力されているので、比較的読みやすい本になっています。さて、私たちが社会科の時間に、日本は民主主義国家であって、三権が分立し、互いに牽制し合いながら、それが守られている。そしてそれら権力の源泉は国民にある。そう習ってきました。でも、それは理想型で、現実とはほど遠いというのは、皆が等しく思っていることではないでしょうか。これは日本だけにとどまらないのですが、三権の中でも“行政権”は特に突出してきます。ほかの国では、“主権者である国民”がしっかりその監視役を担っているのですが、私も含めてほとんどの日本人には主権者であるという自覚も覚悟も希薄です。もっと賢くならないと大変なことになってしまうかもしれません。(3/8)
005/035
「Iの悲劇」米澤穂信
とある地方のとある市役所に、一度なくなった集落を回生させるための“甦り課”なるセクションが設けられた。と聞けば、てっきりホラー小説かと思ったのですが、全く違って、いわゆる地方移住者の受け入れによって、地域を再生させようという公務員の物語。“I”は、“Iターン”の“I”なんですね。とはいえ、悲劇と銘打たれているとおり、移住者達が仲違いをしたり、事業に失敗したりと、まさに“呪われている”かのような事件が続き、移住プロジェクトが破綻するところで物語の本編は終了する。そして、エピローグで衝撃の事実が明らかに。東京一極集中を是正するため、地方は同様の移住政策を採っているが、成功事例は少ない。少子高齢化の波は日本全体の問題で有るため、移住計画そのものは、少なくなるパイの取り合いだけでしかない。パイを大きくすることが期待できない以上、エゴを捨てて、どこにどう配分するかを真剣に考えなければいけない。(3/9)
006/036
「ことばのトリセツ」黒川伊保子
私たちが普通に発している言葉と対象との関連を“音”に求めるというなかなか興味深い本です。例えば、赤ん坊が最初に発する言葉は、“m”の音が多く、母親を表す言葉は“m”を伴うことが多い。それ以外にも“s”の音が持つ語感などについても考察を深める。著者はその理論を通じて、企業が新商品に付ける名前を提案すると言ったようなビジネスを行っている。なかなか面白い本でした。(3/10)
007/037
「むかしのはなし」三浦しをん
むかしばなしに題材を採り、近未来を描いた空想小説。短編集の形を取ってはいるが、連作のような展開になっている。むかしばなしをモティーフにしているだけで、決してそれをなぞっているわけでなく、結末が想像できないので、それなりに楽しめる。全体を貫くストーリーがあるため、それぞれの物語を覆うトーンが若干重めなのは仕方がないかなと思うのですが、彼女の本にしては少し珍しいかなと思いながら読んでおりました。(3/13)
008/038
「『お笑い』日本語革命」松本修
これは面白かったですね。ベストセラーになった“アホバカ分布図”の作者が書いた、ある種の日本語研究本です。現代の日本語について、テレビ・ラジオの果たす役割に大きく注目し、特に“お笑い芸人”の果たした“功績”を取り上げている。“研究対象”としたのは、“マジ”“みたいな。”“キレる”“おかん”という4つの言葉で、それぞれ、楽屋言葉であったものが、芸人がラジオ・テレビで使うことによって、一般化したものとされて、この本では、そのインフルエンサーとして、笑福亭鶴光さん、とんねるず、ダウンタウンの松本さんの名前が挙げられています。なかなか面白い本でした。(3/15)
009/039
「むかしむかしあるところに、死体がありました。」青柳碧人
今年の本屋大賞の候補になっているそうです。これも日本のむかしばなしを題材に採り、ミステリ小説風に仕上げています。いくつかのお話があったのですが、中では善人であるが故に殺されてしまった花咲かじいさん、桃太郎に滅ぼされた後の鬼ヶ島の鬼達のお話が個人的には好みです。面白かったです。(3/15)
010/040
「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実」吉田裕
この本は、昨年の新書大賞に選ばれた秀作です。2年続きで第二次世界大戦期の解説書が選ばれていたことに少し驚きがありますが、逆に言うとそれくらいこの問題についての一般的な書物がなかったという事に尽きるのかなと思います。ということで読み始めた本ですが、実に興味深く、朝の通勤電車の中だけで読んでいたにもかかわらず、ほんの数日で読み切ってしまいました。それくらい平易な文章で、分かりやすく書かれており、当時の戦争がいかに無謀であったかがよく理解できます。巻末で、先の敗戦について、“本当は勝てる戦争だった”などと荒唐無稽な風潮があったり、“日本スゴい”と自画自賛するテレビや書籍が氾濫するなど、最近の過去や事実をねじ曲げて理解しようとする傾向について警鐘を鳴らしておられます。まさにその通りかと思います。良い本でした。(3/21)
011/041
「高校事変Ⅲ」松岡圭佑
人気シリーズの第三弾です。日本の社会からいじめをなくすための壮大な実験に主人公であるヒロインが巻き込まれ、それを破壊するという大スペクタクル娯楽小説です。例によって、博覧強記とも言える知恵を駆使する様が痛快です。このシリーズ、是非映像化してほしいですけど、主人公が難しいですね。それと残虐シーンが多いので、かなり難しいかもです。(3/21)
012/042
「箱根強羅ホテル」井上ひさし
井上さん作の戯曲です。車の定期点検を街ながら1時間ほどで読みました。時は、太平洋戦争末期、舞台は箱根のホテルです。ロシアの仲介を得て戦争を終わらせようとする外務省とそれを阻止しようとする軍との確執を面白おかしく表現しています。また劇中で、陸海軍による本土最終決戦のためのギャグのような“トンデモ作戦”がいくつか披露されるのだが、これらがすべて本当に存在していたという笑えない落ちまでついてます。彼の戯曲はエッジが効いていて好きなので、時々図書館で借りてきて読んでいます。これも面白かったです。一度くらいホントの舞台を見たかったなぁ。(3/22)
013/043
今の時代を“生きにくく”“窮屈だ”と思っている中高生向けに書かれた“救いの書”です。この生きにくさの原因を“世間の存在”だとし、5つの“世間のルール”、①年上がエラい、②“同じ時間を生きる”ことが大切、③贈り物が大切、④仲間外れを作る、⑤ミステリアス、に縛られているため、生きにくく感じているのだと。非常に分かりやすく、語りかけるような言葉で書かれている本書は、いじめで悩む少年少女達に、実行可能な対処法を伝授しています。中高生だけじゃなく、我々に大人にとっても有用な処方箋かもしれません。評判どおりに良い本でした。もし、中高生のお子さんがいらっしゃったら、是非紹介してあげてください。(3/25)
014/044
「カントの生涯 哲学の巨大な貯水池」石井郁男
“批判哲学”の祖とも言われるドイツ哲学の巨人“イマニュエル・カント”の生涯を綴った書籍。彼の生涯が非常に分かりやすく描かれており、こんな人の書いた本なら読める仮かなという誤解を与えてくれる良い本です。実際、カントの三大批判書は、いつか読みたいと思って入手しているのですが、なかなか手を付ける勇気が持てず、そのまま積ん読状態になっています。読める日が来るんでしょうか。(3/26)
015/045
「法医昆虫学捜査官 メビウスの守護者」川瀬七緒
読み始めてすぐに、前に読んだいたことを思い出しましたが、外出自粛中のため他に適当な小説もなく、結末を憶えていなかったので、そのまま読み続けました。とりあえず面白く読みました。どうやら、シリーズ7作のうち、この作品までは読んでいたようです。(3/28)
016/046
「慶安の触書は出されたか」山本英二
昔の社会科の授業で習った記憶があるのは、どのくらいの世代までなんでしょうか。最近の研究成果によると、“慶安の触書”という法令は存在しなかったことが明らかになっており、本書では、なぜその架空の法令が後の世に広まったのかと言うことを解き明かしています。架空とは言いながら、全くの捏造ではなく“元ネタ”があるようで、17世紀に甲州松平藩で出された“百姓身持之事”という法令にその基礎があるようです。その後松浦清山の“甲子夜話”の中に、幕府お抱えの朱子学者林術斎からの紹介として、“慶安御触書”が紹介され、世に広まったようです。そして、明治維新後に最大の事件があって、徳川幕府時代の法令を蒐集編纂する際に、その編纂責任者であった林家の末裔が、ご先祖の功績を残すため、その公式法令集に掲載してしまったそうで、原本が一度も発見されたことのない法令が、現在まで残ってしまったそうです。いやぁ、面白いですね。(3/29)
017/047
「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」鈴木大裕
学力テストの結果によって学校や教師を評価し、民間活力を最大限活用することによって、学校間に競争意識を徹底させ、よりよい教育を目指す。というのが、現在のアメリカの教育政策だそうです。結果何があったのか。熟練教師の大量退職が起こり、貧富の差による教育格差が限りなく拡大し、持たざる物は真っ当な教育を受けられることすらなくなりました。アメリカンドリームを成し遂げた成功者達は、自分たちの地位を脅かすような次なるアメリカンドリームの実現者を生み出さないようなシステムを作り上げたとも言えます。狡猾ですね。そして、日本はその道をまっしぐらに進もうとしている。不思議な国だ。(3/29)
018/048
「頂きはどこにある?」スペンサー・ジョンソン
“チーズはどこへ消えた”という有名な自己啓発書がありましたが、この本はその続編。つまり2匹目のドジョウです。原著名は“Peak and Valley”ですから、“山と谷”ですが、要は人生には必ず山と谷があって、それぞれの過ごし方によって、次のフェーズの現れ方が違うんだ、というような事が書かれています。頂に登ったときに、御山の大将にならず、謙虚な気持ちで過ごすことが大事ですね。(3/29)
019/049
「日本中世の民衆像 平民と職人」網野善彦
日本の中世というと、“鎌倉時代”と“室町時代”とされており、文化的には、南北朝時代以降にほぼ現在まで続く文化の土台ができあがったと言われています。その中で、庶民のくらし、民俗については、江戸時代以降の様子はかなり詳細に研究されていて、たくさんの書物が著されていますが、中世の民衆については、あまり分かっていませんでした。その実態を断片的な資料を読み解きながら明らかにしようとしたのが本書です。まだまだ緒に就いてばかりの研究とおっしゃっておられ、限定的な記述となっております。特に“職人”については、現在とは全く違う広い概念で使われており、新鮮な驚きでした。(3/30)
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