季候も良くなって、散歩を再開した9月は、計17冊(但し上下巻が3組)、うち小説が12冊でそれ以外が5冊という内訳でした。
8月は、質量ともにかなり充実していましたが、9月はその反動と8月に読んで面白かった作家の本を借りてみるということが結構あって、新しい作家さんとの出会いはあまりありませんでした。
そんな中でのおすすめですが、小説では久しぶりに読んだ畠中さんの“わが殿”が秀逸でした。いわゆる低成長時代と呼ばれた江戸時代に、藩政改革を行った大名はいくつか知られていますが、本作はそのうちの一人越前大野藩の土井利忠を取り上げた小説です。実は、本作を読むまでその存在すら知らなかったのですが、事跡をたどると“本物”の改革者だったようで、その成果は維新後にもしっかりと受け継がれたようですね。作者独特の軽妙なタッチで描かれており、この名君の聡明さが伝わってきます。おすすめの一冊です。
そのほかでは“夢見る帝国図書館”もなかなか面白かったです。こちらも“帝国図書館”という施設の歴史をサイドストリーにして一人の女性の一生を描いた物語で、二つの楽しみが一冊で味わえる面白い構成になっています。少し古い本ですが、これもおすすめの一冊です。
あと“ミレニアム”は相変わらず面白かったです。設定といい、スピード感といい、文句なしに面白い本です。原作者の手になるシリーズは残り一冊ですが、楽しみに読みたいと思います。皆さんも機会があれば是非手に取ってみてください。
小説以外の本は今回少なかったのですが、一冊挙げるとしたら“幸福な監視国家・中国”に決まりです。世界最新の監視システムの実態はどうなっているのかという視点でも読むことができますし、そこで描かれる世界は、ユートピアかディストピアかという問題提起もしています。生きづらいと考えるか安全と考えるか非常に難しい問題だともいます。中国人は明らかに監視されていることを前提に社会生活を送っており、それを逆手にとることもしっかり想定します。一方わが方を顧みると、監視されすべてを知られることに非常なアレルギーを持っています。でもそれは、どう考えても政府への信頼感の違いでは無く、別のところに理由があるように思います。そんなことを考える上でも、とても参考になる本でした。巻末の参考図書もいいラインナップで、そこからせっせと図書館の予約を入れる今日この頃です。
10月に入り、我々の世界では年度の折り返し、後半に入ります。
前半はコロナ一色で、後半も予断を許しませんが、Go to キャンペーンが本格化するなど、経済回復に向けた取り組みも進んでいます。
私も、ほどほどに散歩を楽しみつつ、“読書の秋”を満喫したいと思います。
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「ミレニアム2 火と戯れる女(上)、(下)」スティーグ・ラーソン
先月から読み始めた、かつてのベストセラーシリーズの第二弾です。今作も、登場人物もストリー展開も申し分なく、一気に読んでしまいました。前作で協力し合いながら事件を解決した主人公の二人でしたが、今作ではほとんど顔を合わすことはありません。それでも、断片的に交わされた“会話”を通じて、二人の推理が交わり大団円を迎えます。相変わらず、スウェーデン社会の諸問題を散りばめつつ、公安警察まで巻き込んだスケールの大きな物語になっています。例によって、スウェーデン語の名前と地名が難しく、登場人物リストや地図が手放せませんが、それを凌駕する面白さでした。(9/5)
002/155
「騒がしい楽園」中山七里
何の予備知識も無く読み始めたところ、幼稚園教師がご近所とのトラブルや保護者間のいざこざに翻弄されながら成長していくお仕事小説かと思っていました。実際、第一章はその萌芽が提示されて続いていくのですが、第二章以降は、小さな嫌がらせ事件は頻発し、ついには殺人事件まで起きてしまいます。素人探偵が活躍するミステリというのはよくありますが、今作はちょっとやり過ぎじゃね、という感じでした。(9/5)
003/156
「優しい死神の飼い方」知念実希人
人が死んだとき、その魂が迷わず天上へたどり着けるよう道案内するのが“死神”の大事なお仕事なのですが、たまに強い未練を持ったまま亡くなると、地縛霊化してしまいます。そこで、死に臨んだ人たちの未練を断ち切るために地上に派遣された一人(?)の死神が主人公。犬の姿を借りて、一人一人の患者にケアを施していきます。物語の後半には、大事件が発生するのですが、結果はとりあえずハッピーエンド。結構前の作品で、ミステリとしては、やや荒っぽいかなという感想でした。(9/6)
004/157
「夢見る帝国図書館」中島京子
まさに図書館の書棚をボウッとしながら徘徊しているときに目についた一冊です。この型の作品は初めてではなく、以前に歴史物の小説を一冊読んだ記憶があります。この小説は、帝国図書館を主人公にした小説を書く小説家を語り部とした一風変わった小説です。明治維新後、国際社会の中で馬鹿にされないために作られた図書館の変遷と太平洋戦争に翻弄され、旧来の家社会の中で窒息しかけた一人の女性の人生をたどる二つの物語が平行して語られます。読み応えのあるいい物語でした。(9/12)
005/158
私もほとんど知らなかった土井利忠という藩主の物語です。幕末、越前の大野藩の改革を成し遂げ、名君と言われた藩主で、表向きはわずか4万石の石高ながら、諸々の産業施策で実質15万石程度の収入を上げていたそうです。この物語は、その改革を財政面で支えた内山七郎右衛門が語り部となって、利忠の生涯が語られます。そんなうまいこといくんかいなと思うこともあるのですが、結果的にうまくいったことは歴史的な事実のようで、非常に興味深い内容でした。こんな本を読むと、いつか越前大野を訪ねたくなる。(9/13)
006/159
「夏服を着た恋人たち マイ・ディア・ポリスマン」小路幸也
シリーズ物の3作目です。いつものメンバーがいつものように町の事件を解決していく物語ですが、今作では特殊詐欺事件も発生し、主人公が警察官であることが生きてきます。読んで損をしたとはならない本です。(9/13)
007/160
「テロリストの処方」久坂部羊
こちらは初めての作家さん。この型もお医者さんなんですね。医療ミステリも手がけておられます。テーマは医療崩壊と医療格差。持てる者と持たざる者の間で、受けられる医療の質が大きく変わり、それを改革すべく立ち上がったグループが道を踏み外していく様が描かれています。少し期待しながら読んだのですが、やや期待外れ。(9/14)
008/161
「アリス殺し」小林泰三
先月初めて読んだ作家さんですが、なんとなく良かったので代表作である本作を借りてきました。不思議の国と現実世界の奇妙な符合。ややもすると大きく破綻してしまいそうなややこしい設定で書き続けられるのはすごい、工学部出身だそうで理系脳の強さが感じられます。物語はきれいに収束されていきますが、一点だけ残った謎が解決されていません。アリスっていったい誰なんだ?(9/16)
009/162
「古代史講義【宮都編】」佐藤信編
古代史マニアとしては一応押さえておこうかなと思い購入しました。藤原宮から平安京までの宮都については研究者が執筆している一方、太宰府、平泉、多賀城などについては、その地方の教育委員会職員が執筆するという面白い構成です。この本を読んだすぐ後に藤原宮に行ってきましたが、本当に広かったです。周りにはさほど高い建物はないのですが、そこから見る大和三山は絶景でした。(9/19)
010/163
「あいまいな会話はなぜ成立するのか」時本真吾
散歩のお供に読んだ本です。私たちが、言語を通してコミュニケーションをとるとき、すべてを説明しなくても意思疎通ができるというのが普通です。そんな当たり前と思えることを分析・解説した本です。AIにはなかなか難しい技なのではないでしょうか。(9/19)
011/164
「幸福な監視国家・中国」梶谷懐、高口康太
昨年出た本ですが、いろんなところで勧められていたので、図書館に予約し、ようやく借りることができました。いやぁ面白い本でしたね。最近、日本でも街角に監視カメラを見ることが多くなりましたが、それらは基本的に単独で存在しており、ネットワーク化されているわけではないというのは、よく知られている話。中国では、それらがネットワーク化されていることはもちろん、個人の顔認証までできるそうです。その上に、積極的に個人情報を提供することで、自信の信用度を上げるシステムまでできているそうです。その結果、非常に“便利な”生活を送ることができる。日本人にはなかなかなじめませんが、世界のスタンダードはどんどん進んでいるようです。(9/20)
012/165
「モリエール全集1 『ル・バルブイエの嫉妬』『トンデモ医者』『粗忽な男』」モリエール
思い立って借りてみました。フランスを代表する喜劇作家ですが、今から400年近く前の人なんですね。当時は電気も無いわけですから、スポットライトもマイクも当然無い中での演劇というのは、どんな感じなんでしょうね。“粗忽な男”、なかなか面白かったです。(9/20)
013/166
「エピデミック」川端裕人
千葉県南部の一都市に発生した新型コロナウィルスによる感染症。“疫学”の知見を使って、その封じ込めに立ち向かう。原因がわからなくても、感染経路を丹念にたどることによって、感染拡大を防ぐというのは、19世紀中頃にロンドンでコレラのパンデミックが起きたときに初めてとられた手法で、コレラ菌の存在は明らかになっていなかったものの、感染者の分布などから原因となった井戸を突き止め、その井戸を使用停止することで、感染拡大を防ぎました。その際にも、大胆な仮説を立てることによって、真相にたどり着いたのですが、この小説の中でも、その経過がスリルたっぷりに描かれています。今この状況だからこそ、よく理解できる小説でした。(9/21)
014/167
「恋と禁忌の述語論理」井上真偽
先月初めて読んだ作家さんで、気になって二冊目を手にしました。この本は、ある種のミステリなのですが、すでに解決をみた事件について、主人公が数理論理学を使いその事件を再検証するという安楽椅子探偵物の小説です。この数理論理学というやつは、中学高校の数学で少し習ったのですが、とにかく頭がこんがらがって、自分には向いていない分野だと痛感した記憶があります。この本でも、巻末に解説が載せられているのですが、ちんぷんかんぷん。でも、理数系の人が書いたミステリが面白い理由がよくわかりました。(9/26)
015/168
「天鬼越」北森鴻、浅野里沙子
この作家さんは初めて読む方なのですが、北森さんというのはすでになくなられており、執筆中だった遺作をパートナーの方が書き継いだというのが、この短編集の中の一作で、ほかには、他の短編集には載せられていない物と後継者が新たに世界観を引き継ぎながら書き下ろした作品が収められています。内容は、民俗学者がフィールドワークの最中に出くわした事件の謎を解くという、二時間ドラマで見たことがありそうな中身なのですが、書かれている民俗学的知見は、それなりに面白く読むことができました。ミステリとしては、まずまずでしょうか。(9/27)
016/169
「心理学的にありえない(上)、(下)」アダム・ファウアー
他人の心を読んだり、影響を与えることができるサイキックを主人公にした物語です。彼らを利用しようとする組織から逃げ出した少年たちが、十数年後とある事件をきっかけに組織に見つかってしまう。再び追いかけられながら、新興宗教団体がもくろむテロの阻止に向かうというスリル満点の物語です。最後に思わぬどんでん返しとややブラックな結末が用意されています。(9/27)
017/170
「時計の科学 人と時間の5000年の歴史」織田一朗
太古の昔には、時間という概念は存在していなかったはずなのに、どこかの時点で時間という物が生まれた。それは、“太陽が出ている間”=“活動できる時間”というあたりから生まれたのでしょうか?まだ、“時”という物が無かった頃は、日が落ちると一日が終わり、夜はすでに次の日だったそうです。ですから今の大晦日の夜は、すでに年が改まった正月だったといわれています。そんなおおざっぱな“時”から、今では地球の自転でさえ、数千分の一秒の単位で計測されています。そんな“時間”の話と、それを計測する“時計”の歴史の物語です。(9/29)