9月は、22冊。うち小説が12冊、その他が10冊という内訳でした。
20冊を超えたのは久しぶりですね。結構頑張って読みましたが、それ以上に“合う”本が多かったようで、一冊一冊に時間が掛からなかったことが大きいのかもしれません。
さて、そんな中でのお勧めですが、小説は古い物、決まった作家さんの物が多く、初めて読んだ作家さんとなると、伊岡さんの“代償”だけですね。本編でも触れていますが、誰かのエッセイか書評に取り上げられたのを見て、読んだものですね。それが、誰だったか全く思い出せないのですが。内容的にも、とても面白かったです。やや厚めの文庫でしたが、長さは感じなくて、一気に読み通しました。どぎつい表現もあるので、万人向けでは無いかもしれませんが、ミステリ好きの方であれば、お薦めです。
いつもの作家さんの中では、宮部さんの“あやかし草紙”がピカイチでした。
10年以上にわたって書かれているシリーズなんですが、毎回楽しみにしています。初期の頃の作品には、人間の醜い面が増幅されて現れてくるような、ホントに“怖い”物が多くて、それもまた楽しみだったんですが、今作はややソフトな中身で、以前のような楽しみ方はできなくなりましたが、それぞれの物語の構成といい、語り手、聞き手のキャラクターといいとても良い作品だと思っています。ただ、今作で第一期が終わり、次回作(再開は未定、熱望してます)は、少し様相が変わるようなので、若干不安もあります。
あとは“東京バンドワゴンシリーズ”、“殺し屋シリーズ”、“葉村晶シリーズ”は、安定の面白さで、皆さんにも是非一度手にとって頂きたいと思います。
あと、今年の本屋大賞“かがみの孤城”も期待に違わぬ面白さでした。すでにたくさんお方に読まれている本なので、改めて“お薦め”というものではないですが、さすが全国の本屋さんが薦めたくなる一冊だなと思わせる作品です。未読の方は是非とも、図書館に御予約を。
小説以外の10冊には、お薦め本が山盛りです。
順番に、まずは岩波新書の“原民喜”。どこの書店へ行っても山積みにされていて、皆さん一度はごらんになったことがあるのではないでしょうか。実は私は全く知らなかったのですが、原民喜というのは有名な作家さんで、美しい詩や私小説的な物語を残しているそうです。この本は、そんな作家の生涯を描いたもので、彼が何故このような物語を書いたのか、その背景に迫っていきます。彼の最大の理解者であった妻との出会い、別れ、広島での被曝体験が彼の作品に大きな影響を与えていきます。読みながら、どんどん引き込まれていく素晴らしい本です。
ちょっと毛色の変わったところで、“教育勅語と日本社会”も興味深い一冊でした。教育勅語と聞くだけで、なんとなく“ウヨク的”な匂いがし、遠ざけてきましたが、ちゃんと目を通した上で、しっかりと評価しないといけないという思いで読んでみました。ちょうど、先日も新任大臣が会見でこれに触れて、自らの読解力のなさを露呈させてしまっていましたね。詳しい感想は本編に譲りますが、讃えるにしても腐すにしても、しっかりと中身を知ってからでないとフェアでは無いですよね。そんな思いで読んだ本です。
最近はまっている講談社のブルーバックスからは、“科学者はなぜ神を信じるのか”。全ての学問の淵源は“哲学”であり、最も離れているように見える科学もその例に漏れません。哲学と宗教は同一のものではありませんし、宗教と哲学に親和性があるとは言えませんが、哲学の大きなテーマの一つである“存在”というものを考えるとき、“神の存在”は避けて通れない課題でもあります。私達の周りで起こる自然現象は、その原因が理解できず、全ては“神のみ業”でした。しかしながら、それらを追究する人たちの力によって、少しずつ“神の力”が、そぎ落とされてきました。それでもなお、いつまで経っても解明できない謎が残ります。そして、それはやはり“何か大いなる存在=神”の力と考えざるを得ないのではないか。謎が解明されればされるほど、残された謎は神秘的になっていきます。
次は“日本人はなぜ存在するか”。出張のお伴に携えていった文庫本ですが、東京からの帰りの新幹線の中で、読みふけってしまいました。タイトルは“日本人”ですが、これは“日本文化”であっても“日本の伝統”であっても同じことで、“日本人”は、こういった定義づけや議論が好きなんですね。最近、世界最高峰のスポーツ競技大会で優勝した女性選手を巡って、またぞろ“日本人論”が賑やかに交わされています。ある種、偏狭なナショナリズムのなせる技だと思いますが、こういう議論がわき起こること自体が、面白い、不思議なことですね。もちろん、読み物としてもとても面白かったです。お薦めの一冊です。
最後はかなり古い岩波新書で“この世界の片隅で”。終戦後20年を経た広島の様子が綴られた秀作で、目を背けたくなるような描写や今では書けないような表現が、出版当時のままで最近増刷されました。最初にこの本の存在を知ったときは、“品切れ中”だったのですが、時を置かず増刷発行されたので、すぐに購入いたしました。今の私たちは、当然のように平和を謳歌していますが、ほんの少し前の世代にはどんなことがあったのか、私たちは知らなければいけないと思います。もちろん、直接知ることは不可能なので、こういった資料に頼らなければいけないのですが、資料として存在させておくだけでは無く、私たちの血肉にしなければいけません。是非手に取ってみてください。
今月は、最近では珍しい量・質ともに豊作の月でした。これだけ良い本に出会えると、それだけで嬉しくなってきます。いよいよ“読書の秋”本番です。次はどんな本との出会いがあるのか、とても楽しみです。
001/111
東京バンドワゴンシリーズの主要キャラクターである堀田勘一、サチ夫妻の出会いを描いたサイドストーリーというか前日譚。シリーズでは初めての長編小説で、全作までに登場した様々なキャラクターとの馴れ初めもしっかり説明されている。舞台は終戦直後の東京、GHQや“やんごとなき筋”までを巻き込んだ大騒動の中、二人が出会い結ばれるというお話。物語の背景設定には、やや強引な感が否めないが、安心して読める大河小説です。(9/1)
002/112
私も大好きなカレーライス。インド発祥のカレーがイギリス経由で日本に伝わり、ごはんと合わせることで新たな和洋折衷料理が生まれた。今では、海外の日本料理店に行ってもメニューに載せられています。文章そのものには、時折読みづらい部分もあるが、東の高級路線に対して、関西の大衆化路線。東は豚肉、西は牛肉といった比較や、カレー粉の輸入、カレールウ、レトルトカレーの発明、激辛カレーブームといったカレーの歴史など、カレーだけを題材にここまでまとめ上げられていて、とても面白い。今から10数年前に書かれた本なので、全国チェーン展開から世界進出を果たした“coco壱番”の登場など、その後の歴史もきっと面白いでしょうね。(9/4)
003/113
これも、最近とても話題なっていて、あちらこちらで高評価を受けているということもあって、購入いたしました。いつもなら買うだけで満足し、手に取るのは少し先になるというのが当たり前なのですが、本書に限っては、殆ど買ってすぐに読み始めました。この本を読むまでは“原民喜”という作家がいたことすら知らなかったのですが、どうやらとても興味深い作家のようです。副題にあるとおり、冒頭に“彼=原”の死の場面から始まるのですが、ある種の社会不適合者であった彼が、妻という理解者を得たものの、早くにこれを失い、希望を失いかけたときに被爆し、この惨状を記録していくことが自分の使命だと思い定め、それを成し遂げた後に自死するという、とんでもない数奇な人生をたどります。是非彼の小説を読んでみたいと思いました。最後にこの本の著者の言葉で“悲しみを充分に悲しみつくさず、嘆きを置き去りにして前に進むことが、社会にも、個人の精神にも、ある種の空洞を生んでしまう”という文がありました。とても心に響く言葉ではないですか。悲しみや嘆きを押し殺して封印してしまうのではなく、それを解放した後にこそ、本当に前に進めるんじゃなかろうか。(9/4)
004/114
先月から御紹介している“殺し屋”シリーズの第二作。一応長編の形を取っているが、元々は、ばらばらに短編、中編として発表された物をつなぎ合わせた物らしい。まぁ、つなぎ合わせても作品として成立するという、それだけでも画期的な作品と言えるのでは。前作同様、いろいろなことに悩みながらも淡々と“仕事”を片付けていくのだが、その悩みというのが、趣味の切手収集のことであったり、自分の運命であったり、自分を殺そうと殺し屋の出現であっt利と、種は尽きないのだが、自分の殺し屋“稼業”については、疑問を持たないというのが、クールで面白い。とりあえず、シリーズの次作も読んでみよう。(9/4)
005/115
昨年、とあることでクローズアップされた“教育勅語”について、ある種の“警鐘”をならす、まさに岩波書店らしい良書です。実は私もこの本の中で初めて315文字からなる“教育ニ関スル勅語”というものを読んだ。まず、法律学的にいうと、この勅語は、いわゆる法的な根拠を持たない文書“君主の著作”であって、改変することも廃止することもできない不思議な文書であった。そして、そこに書かれているのは、それまでの“藩”によるある種の“地方分権”が進んだ状態から、西欧列国に対峙できるよう一体化した中央集権国家、天皇を中心とした“あるべき姿”を作り出すための精神的支柱とするべく作られたものである。いま、この勅語に再び命を吹き込もうとする勢力があるそうです。そんなことはあってはいけない。いつか来た道を戻ってはいけないんです。絶対に。(9/4)
006/116
科学と神との関係と言われてすぐに頭に浮かぶのが、ガリレオ・ガリレイ“それでも地球は回っている”ですね。この本では、コペルニクスやガリレオ、ニュートンからアインシュタイン、ホーキングに至るまでの数々の偉業を成し遂げた科学者と信仰との関係を綴ったユニークな本です。著者もキリスト教の聖職者なのですね。実は恥ずかしながら、ガリレオはあんなに迫害されたのに、同時代のケプラーなどにはそんな気配が無い事が不思議で仕方が無かったのですが、この本の中で至極単純な理由が書かれていて、驚きながらも納得しました。時は宗教改革のまっただ中、カソリックの権威が揺らいでいた時期に当たり、敬虔なカソリック信者であったガリレイとプロテスタント、英国教会の社会に生きていた人たちとは、置かれている環境が全く違ったのですね。今では、宇宙は“ビッグバン”から始まり、その前は“何も無かった”ということが通説となっていますが、では最初の“きっかけ”は一体何だったのか、考え続けていくと、そこに何か“大いなる存在”を感じないわけにはいきませんね、ある人はそれを“神”と呼ぶのではないでしょうか。(9/7)
007/117
これは面白かったです。電車での移動中に時間を忘れて一気に読んでしまいました。まずは、“日本人の定義”って一体何だろうと言うことを考えることからこの本は始まります。そうやって正面から突きつけられると、はっきりこれだと言い切れない自分が居ます。著者は、なんとなくこれが定義だよなと思える物が前にあって、それに当てはまる物が正しい物と認識してしまう。著者はこれを“再帰性”と呼んでいます。自分の中に“あるべき姿”を作ってしまい、それに該当しない物を強く排除しようとする動き、今の社会に多く見られる現象ですね。これからの社会はもっと多様性に富んだ社会であって欲しい。そんな事を強く思いました。(9/8)
008/118
今のクルマは、ガソリンエンジンが主流で、それにハイブリッドや電気自動車、燃料電池自動車などが増えてきています。現在のところ、コスト的にもガソリン車が優勢で、それが逆転するのも30年、40年先だろうと言われています。でも間違いなく将来の主流は電気自動車“EV”になっていくことでしょう。何と言っても構造が非常に単純化されます。内燃エンジンの構造は非常に複雑で、またエネルギー効率を良くし、安全に制御するためには非常に高度な技術が必要です。一方EVは、モーター駆動ですからエンジンに比べると単純な構造で組み立てることができ、制御も簡単です。もう一つの流れが児童運転に関する動きです。高齢化社会の到来とともに、高齢者が安全に移動する手段が必要とされており、自動運転が切り札になるでしょう。その際には、構造の複雑なガソリンエンジンやハイブリッドでは無く、EVになることは明らかで、海外では伝統的な自動車メーカーではないIT企業による開発が進んでいます。長い間、日本の自動車産業は世界のトップレベルで、国内経済を牽引する存在でした。でも、何か手を打たないと今後はそうはいかない。そんな警鐘を鳴らす一冊です。(9/8)
009/119
2017年の本屋大賞にノミネートされた“桜風堂ものがたり”の最初の舞台になった“星の百貨店”にまつわる不思議な物語を集めた物です。この人の作品は、悪者がほとんど出てこず、心暖まるお話しが多いので、読んでいても安心です。テロだ、殺人だ、と言った殺伐なお出来事を扱う本も好きですが、合間にこういった本を読むとほっこりします。地方の百貨店は、いずこも経営の危機に見舞われています。この百貨店も同様で、閉店の噂もちらほら出ているくらい。そこに新たな救世主が現れるのだが、はたしてこのピンチを愛だけで乗り切れるのか。続編が楽しみ。(9/9)
010/120
シリーズの5作目に当たるそうです。だんだん仕掛も大がかりになってきて、首都圏を襲う大規模テロがテーマになっています。例によって、主人公のキャリア刑事が、突飛な発想で事件を解決に導くのですが、なかなかに痛快です。今作は、終わり方が暗示的で、さらに大きな敵の存在が見え隠れしています。設定はかなり荒唐無稽ですが、気楽に読めて好きなシリーズです。(9/9)
011/121
映画にもなった“弧狼の血”の続編。暴対法施行前の広島での暴力団の抗争を取り扱う、かなりハードな小説である。前作で大きな成果を上げたものの、“上”に睨まれ、地方の駐在所に飛ばされた主人公が、本部復帰を果たすため、やくざと対峙していく物語。女性が書いているとは思えないハードな内容です。今では、暴対法もできて、暴力団と警察のこんな関係も想像しづらいのですね。(9/15)
012/122
私の記憶の中では、昔テレビに出ていた一風変わったアメリカ人宣教師。そんな人が一体何を書いているのかと興味を持って読んでみました。結構同内容の本をたくさん書いているようで、こういったお話しが好きな日本人に好まれ、彼の本は昨年(2017年)の新書売り上げ第一位にもなったそうです。一読する限りでは、非常に強い信念に基づいて書かれているのだろうと想像できる。特に根拠無く、あるいは想像で、こうと決めつけ書かれている部分が大半で、それだけでも彼の信念の強さが感じられる。おそらく、他の本も同様の調子なのだろうなと想像できるだけに、もうほかの本は読む必要が無いかなと思う。(9/15)
013/123
今年の本屋大賞ですね。皆さん絶賛されているとおり、とても面白い作品でした。最近は彼女の本をいくつか読んでいて、どれも面白く感じています。これからも活躍して欲しい作家さんです。さて、本作ですが、テーマは“不登校”。様々な理由による7人の不登校生徒が、“鏡の中”にある城の中で出会い、1年間を過ごします。鏡の中と外は、自由に行き来できるのですが、ある時間になると、絶対に残っていてはいけないという制限もあります。そんな閉鎖された空間においても微妙な人間関係によって、溶け込めないと感じることもある主人公が、少しずつ壁を壊していく様子が、けなげで応援したくなる。最後の謎解きは、“おおっ! そうきたか!”という幹事で、ミステリ作家としてもなかなか優秀ですね。面白かったです。(9/16)
014/124
これまた、大好きな不運探偵“葉村晶”シリーズ。前作が昨年の“このミス”で第2位にランキングされるなど、非常に玄人受けのするシリーズでもあります。今作でも、無傷な状態でいること自体がほぼ無いというくらい、これでもかというくらいの不運に見舞われながらも事件を解決していきます。文章のテンポもよく、ユーモアにも溢れていて、とても好きなシリーズです。次回作を楽しみしています。(9/17)
015/125
彼女のエッセイは、とんでもなく面白い。妄想全開のこの作品も、ここまでさらけ出して大丈夫かと心配になってしまうほどのハッチャけぶりである。多くは語るまい。面白いです。(9/22)
016/126
大ヒットした映画、ドラマの原作ではない。ある種のルポルタージュである。編まれたのは戦後20年を迎えた1965年。その間の被爆地“ヒロシマ”の様子が綴られている。“被爆者”であることに因る差別に部落差別が重なり、信じられないような暮らしを強いられている人たちが多数登場する。そして最後には、ヒロシマで被爆した後、“オキナワ”でクラス人たちも描かれていて、そこではさらに別の差別も付加される。私たちは、もの二度とこのような悲惨な状況を生み出してはいけないし、決して忘れてはいけない。何度も品切れになりながら、この夏に増刷された物を購入して読みました。決して読んでいて面白い本ではないけれど、読んで良かったと言える良い本でした。(9/22)
017/127
父親の会社の都合で地方に転勤になり、古い大きなお屋敷に住むことになった5人家族の物語。それぞれが問題を抱え、ぎくしゃくとしながらも暮らしていたのだが、そこに6人目の“家族”が現れることにより、“家族”を取り戻していく。最後まで安心して読めるとてもハートフルな物語です。個人的には、最後の一行に、思わず“ニヤリ”。(9/24)
018/128
これは誰に勧められた作品だったでしょうか、思い出せない。何年か前にドラマ化もされているようですね、知らなかった。若手弁護士として活躍する主人公が、小学生時代にひどい目に遭わされた同級生に、弁護を依頼され、葛藤しながらも“正義”を実現させるという物語。小説の中では、悪役が、人の心理をもてあそぶように洗脳していく様が描かれるのだが、これって相当の演技力が無いととても見てられないように思われます。作中では、気持ち悪いような場面も描かれて、必ずしも読んでいて気持ちの良い作品ではなかったが、最後まで心を捉えて離せない面白い作品でした。(9/24)
019/129
気がつけば今月2作目でしたね。今作は通常作品で、一番小さな登場人物達が1歳を迎えるまでの一年間の物語。例によって、いろんな事件が起こるのだが、登場人物の一人が、“本当の意味で”病気から立ち直る様を描いた最終話が、ホロリときました。まだまだ5作目、先は長いぞ。(9/24)
020/130
これは、どこかの本の中で取り上げられていたのだったかな?よく覚えていないけど、結構人気があるみたいで、図書館で数ヶ月待ちといった状況でした。内容的には、いろんな豆知識をかき集めたどうってことのない本でした。例えば、“初詣”が始まったのは、鉄道会社の戦略だったとか、バレンタインチョコや恵方巻きもお菓子屋とお寿司やさんの販拡戦略だったとか、なんとなく前から知ってなぁと思うようなことが集められています。まぁ、それだけの本なんだけど、唯一“ホゥ~ッ”と思ったのが、“YOSAKOIソーラン”についての記述。約30年前に北海道の大学生が始めたイベントが、今や北海道の“一大イベント”にまで成長しており、今後もきっと続いていくんだろうが、タイトルを“YOSAKOI”としたことで、“伝統”とはなかなかならないんだろうな。きっとそうなんでしょうね。今、私たちが“伝統”だと認識しているもののほとんどは、明治期に始められたものが大半です。“すでに150年”と考えるか“たかが150年”と考えるかは、個人の趣味だと思うのですが、それを“日本古来の”と言葉を弄されてしまうと、“何かやましいことがあるんちゃうか”と勘ぐってしまいます。(9/27)
021/131
江戸時代の末期、京の都に跋扈したテロリスト達を取り締まるために幕府が置いた新選組。元が浪士であったこと、結果的にテロが成功して、“革命”が起きたため、負け組となって、後の政権からは徹底的に忌み嫌われた集団です。このお話の中でも、そういった血なまぐさい話が出てくるのですが、物語の語り部は、その集団の中で“賄い方”を務める“料理人”です。彼の口を通して、隊士であった原田左之助を語らせると言う構成となっている。語り口は軽妙で、読みやすく面白い本になっています。(9/29)
022/132
10年以上続く、大好きな作家の大好きなシリーズです。とても楽しく読みました。シリーズ初期は、人の恨み辛みといった醜い感情から生まれた“怪異”を描いた“恐ろしい”お話しが多かったように記憶しているのですが、今作は、愛嬌のある“妖かし”達が跋扈する“恐ろしくない”お話しが多くなっています。改めてこれら5冊を見ると、いずれも連載誌はもちろん、発行社も全て違うという不思議な本なんですね。さらに私としては、かなり好きなシリーズなのですが、あれだけたくさん文学賞を取っているにも係わらず、なんの賞にも当たっていないと言う不思議。今作で、百物語の内、4分の1が終わり、ここまでが第一期だそうです。早く再開し、ライフワークとして、あと30年掛かっても完成させて欲しいものです。それにしても、今作で主人公が交代してしまうのは、かなり残念。(9/30)